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不登校と暴力 ②

暴力が下火になったとはいえ、
たまに息子の暴力が再燃する時がありました。

息子はひと時の暴力行使で自分の地位を築いていました。
一度、勝ち取った地位をそう簡単に手放すわけはありません。

親は一時期の奴隷状態からは脱出することができたものの
まだ親としての立場は低いままでした。

以前は息子と普通の会話をすることさえ怖くてできなかったのです。
暴力が収まってきて、普通に話ができるようになっただけでも、
その時は救われる思いでした。

指示・命令を控えていれば、何も問題は起きません。
でも、それだけでは、息子を荒れさせないだけでした。

やはり親として言わなくてはいけない場面もでてきます。

そこを切り抜けなければ、親の立場は下がったままです。

暴力がでてしまうのは、きまって我儘な要求を受け入れないという
対応をとろうとするときでした。

ほんの些細なことでもありました。

「○○を取って」「自分で取ってちょうだい」
この会話をきっかけに2時間決戦になったこともあります。

いつも最後には当初の問題はどこかへいってしまっていました。
息子自身も、そのくらいは自分でと思ったのかもしれませんが、
一度、口にしたことを押し通そうとします。

親に従うということへの抵抗感は根強いものがありました。
それまでの親の押し付けへの反発心が蘇ってしまうようでした。

息子が「○○のことなんて本当はどうでもよかった」と言ったことがあります。

息子を受け入れないのではなく、息子の我儘を受け入れないようにしていたのですが、
息子は、我儘を言って、それが受け入れられるかどうかで
親の愛情を試しているようなところがありました。

「こんな俺でも愛してくれるのか・・・」だったのでしょうか。



そこからの修正は時間がかかりました。

「やってあげること。要求を呑んであげることが愛情ではないよ」
と言葉で示していくことは大切ですが、それだけで納得するものでもありません。

「できないよ」「やらないよ」とストレートに言うのではなく、
「おかあさんがやるの?」「自分でやってほしいな」というように
反発を生みにくい言い方を心がけました。

そして、どうも、私は真面目すぎるのか(?)これはダメだと思ったら
頑張りすぎてかえって息子に意地を張らせてしまうこともありました。
臨機応変な対応できるよう私自身が変わる必要もありました。

一番に心がけたのは、息子の話を共感的に聴くようにしたことです。
「そう~」「へぇ~」と返すだけでも、息子の目をみて微笑むようにしました。

自分の方に向いてくれているという実感を持たせてあげることで
愛情を疑うような発言は次第になくなってきました。

そう感じられるようになるまで、復学してから1年以上かかったと思います。


今は、まったく暴力はでません。

感情の波が立つ時もあまりありません。
たまにムッとすることはありますが、それで終わります。
随分と穏やかになったと思います。

自分で「俺は怒らなくなった」と言っています。

ひと時、息子がすっかり壊れてしまい、もう元に戻れないかもしれないと
覚悟していた頃を思えば、嘘のようです。


でも、私は今も気を抜いていません。
きっとそれは、これからもずっと・・・

一度、身体が覚えてしまったことは、やはり消せない・・・
親が対応を間違えれば、また暴力を引き出してしまうことはあるでしょう。

今は眠っているだけ・・・

眠りから覚めないよう、私はこれからも息子と向き合っていきたいと思います。




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不登校と暴力 ①

不登校は中学受験がきっかけとなりました。

勉強が進まないことへの叱責に、息子が激しく抵抗するようになり、
いさかいの翌日はたいがい学校をお休みしました。

親への当てつけだったように思います。

五月雨的にお休みするようになってしまったことが、
完全不登校へのハードルを下げてしまいました。

中学受験がもたらしたものは不登校だけじゃありません。
息子の抵抗がいつしか暴言・暴力となってあらわれるようになりました。

今回は、そのことを書いてみたいと思います。


暴言・暴力のきっかけなどは、以前に書きました。

過去記事(暴力のきっかけ)→3回の家出
過去記事(暴力の様子) →暴言・暴力


暴力が始まると、次も暴力。
一度、身体が覚えてしまうと後戻りできなくなるのですね。

それまでは親の押さえつけへの反発だったのが、そのうち、
些細なひと事でも、暴力が出るようになりました。
もう、言われた内容ではないのです。
声かけ全てが、親のさせよう感に結びついてしまっているようでした。

それまで親に管理され、押さえつけられていたことへの反発が一気に噴出し、
息子自身も感情のコントロールがきかなくなってしまったようでした。

親の制止、説得は息子をさらに逆上させるだけでしたので、
暴力がでても、息子にされるがままでした。
ただ、時間がたち自然と収まるのを待つことしかできませんでした。

息子の暴力をきっかけに、親は腫れものに触るようにしか息子と
接することができなくなりました。

完全に親と子の立場が逆転していました。
息子は暴力を行使することで、自分の地位を確保しました。
そうすることでしか自分を守れなかったのだと思います。

子どもは好きで暴力をふるうはずがありません。
暴力は親がさせている。
私はそう思っています。

理想を押し付けてくる親。
自分の気持ちを受け止めようとしない親。
指示、命令、提案、説教、正論・・・もううんざりなのです。

うちの息子は完全に自暴自棄になっていました。
包丁を持ち出し「死ぬ」「殺す」の世界です。

物の要求もありました。

「○○が欲しい」「○○を買って」「今すぐ、買ってきて」
その物全てが本当に欲しかったのではないと思います。
高価な物などは、親が買えないのをわかっていて、わざと言ってきたりします。
ただ、ただ、親を困らせたかったのだと思います。

本で読んだ話ですが・・・

次から次へと高価な物を要求してきたお子さん。
親に高額な出費をさせた時に、子どもは部屋にこもって泣いていたそうです。

「俺はこんなに我がままで悪い子だけど、それでも愛してくれるのか」

自分はどんどん悪い子になっていって、親が求める姿とかけ離れていく。
そういう意識がありながらも、自分の思いとは裏腹に悪態をついてしまう。
それでも自分を受け止めてほしい。

それが子どもの気持ちなんだと思います。



息子の暴力が出たとき、私も主人も息子の前で何回も泣きました。
それでも、容赦なく暴力は続きました。
私たちの涙をみたらさらに暴力が激しくなるようにもみえました。

子どもは親がオロオロ、メソメソする姿など見たくないはずです。
そんな姿は子どもにとってショックです。
自分が親をそうさせてしまったと自分を責める気持ちと、
どうしてそうなってしまうんだという腹立たしさ・・・
息子を混乱させ、余計に荒れさせてしまったのかもしれません。

親は親なのです。
親らしい姿を子どもにみせる必要があるのだと思います。

ある日、息子の暴力がでた時、
「もう、暴力をさせない!させるわけにはいかない!」と
息子を押さえつけ叫んだ日から、息子の暴力が下火になりました。


暴力に耐えて何も言わないでいるのではなく・・・
次から次へと要求を満たしてあげることでもなく・・・

子どもが言ってきたことを目を見て話を聴いてあげる。
気持ちに共感して受け止めてあげる。

ただ、それだけでいいのだと思います。
子どもはそれだけを求めているのだと思います。

何を言っても気持ちを否定されないと感じたら、
きっと心を開いてくれるはず。



暴言・暴力は、親へのアピール。
何かを求めているからこそのこと。

親に求めてくるうちは、子どもを救ってあげられると思います。






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お休み通信

私が保存しているものに『お休み通信』があります。

これは学校をお休みした子に、その日の授業内容、翌日の予定、連絡事項等を伝えるものです。
お友達のメッセージも添えられています。
同じ生活班の子が記入し、近所の子が届けてくれます。

息子が不登校になった当初、毎日、お友達が、この『お休み通信』を届けてくれました。
息子も何も言わず目を通します。
担任の先生からの電話を拒否した息子にとって、学校とつながりがもてる唯一の証でもありました。

ただ、一向に学校へ向かえない息子。
翌日の予定、連絡事項・・・空しい響きに思えてきます。
学校に行くあてのない息子に、何を思ってお友達は書いてくれるのか・・・

同じ生活班の男の子2人は逃げて書かず、女の子がそれに文句を言っているとか・・・
『お休み通信』を書いていたら、部活の練習に少し遅れたとか・・・
そんなことも私の耳に入ってきます。

近所とはいえ、毎日届けてくれるお友達の負担も大きかったと思います。
私は、毎日『お休み通信』を届けてくれるお友達に、
息子の様子も伝えられず、学校の様子も聞けず、
ただ、「ありがとう」と言って受け取るのが精一杯でした。

そして、『お休み通信』は中止していだだくようにお願いしました。
すでに2カ月が経過していました。

息子の胸中を推し量り、なかなか踏ん切りがつきませんでしたが、
これ以上、届けてもらうのは私にとっても辛いことでした。

それに、お友達が負担を抱えることで、息子への不満に結びついてしまうのでは
という心配もありました。

担任の先生も『お休み通信』をこのまま続けていっていいのか悩まれていたとのこと。
ただ、息子の気持ちを考え、先生の方からその話をできなかったようです。

今後は通信ではなく、何かあったら先生から直接連絡をもらうようにしたと息子に伝えました。
息子はただ静かに「わかった」とだけ返事をしました。
そう返事をするしかなかったのでしょう。


その後、エンカレッジで復学支援を受け、約3カ月後の復学に向けて動き出したことを学校に報告すると、教頭先生から給食費のお話がありました。
「復学まで給食をストップしますか?」と。
給食はストップをかければ給食費を払わなくてもいいのだとか。

そんなことなど全然頭になかった私でしたが、そうお願いしました。
これも、復学の時期をこちらから伝えたからこそ学校側が切り出せたことですね。


不登校の子どもの心は複雑です。
そして親の心も・・・

どう触れていいのか分からない私達に、いったいどれほどの方が心配し、
心を寄せてくれたことか・・・

いろんな配慮が時にはストレスと感じてしまうことも事実です。

『お休み通信』は届けてもらうことで、学校とのつながりを感じることもできるでしょう。
しかし、一方では、行けない辛い気持ちを高めてしまうのかもしれません。

息子は当時、どのように感じていたのでしょうか・・・


でも、今は復学しています。
息子に対して心を尽くしてくださった全ての方に感謝しています。


『お休み通信』は毎日届けてくれたお友達への感謝の気持ちを忘れないように、
大切にしまっておきたいと思います。



DSCF1107.jpg
これは一部です。たくさん書いてくれました。
みんな、ありがとね



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不登校を誰にどこまで伝えますか?

子どもが不登校になってしまったとき、どの程度までそのことを
お友達に伝えてよかったのでしょうか。

私は、隠し事はあまりしないほうです。
息子が不登校になったとき、息子のその時の状況、何故そうなってしまったかを、
親しい友達、何人かに話をしていました。

学校に行けなくなってしまったことは、息子の希望で
クラスの皆には体調が悪くて休んでいると伝えてもらっていました。

「もし、それが嘘だとバレたら大変なことになる。2度と学校には行けなくなる」
そう何度も言っていました。

しかし、ある日、息子のいろんな情報がクラスに広まっていうことがわかりました。

息子がT君が苦手で、それも学校に行けない理由だということ・・・
お休みの日に、うちの息子が車で出かけたこと(病気ではない)・・・

息子が恐れていた大変なこと・・・になってしまいました。

今、息子が復学したら、どうなる?
そのことが、息子の耳に入ってきたら?

息子に今すぐにでも復学してほしいのに、そう願えなくなってしまいました。

それに追い討ちをかけるように・・・

そのT君、息子へのお手紙の通信欄に「死んでいい?」と書いてきました。
息子はT君のせいで学校へ行けなくなったと、クラスの友達に言われたのかもしれません。
T君が辛い立場になってはいないだろうかと気が気ではありませんでした。

オープンに話していいのは私自身のことに限って許されること。
息子は秘密主義で、自分のことを知られることを望みません。
息子のことをペラペラ人に喋るべきではありませんでした。

息子はあくまでも別の人格。。。

きっと、そこから私は間違っていました。
息子の不登校を招いたのも、自分の所有物のように息子をどうにか
できると思っていたからなのでしょう。


それから、日陰の生活が始まりました。

スーパーの買い物も、下校時間の少し前とか、クラスのお母さんがいない時間を選んだり
セール日や人の多い時間帯を避けたり・・・

それまでは知っている人にあっても気丈に振舞っていました。
普通に話すように心がけていました。

でも、それができなくなってしまいました。

まっすぐ前を向いて歩けない。
人と目が合わないように下を向いて歩いていた日々。

ただ、息子のことを聞かれたくない。言ってはいけない。
ならば、そういう状況を避けたい。
ただそれだけでした。

私のブログですが、うちの息子を直接知る人には誰ひとり知らせていません。

息子のことをかなり詳しく書いてしまったので、息子のために
息子を知る人にはこれからも教えるつもりはありません。
誰かに話してしまった内容はその人の記憶から完全に消し去ることはできませんものね。


不登校のこと・・・

今後、息子の中で、どうなっていくのでしょう。

将来、もう終わったこととして人に話せるかもしれないし・・・
知られたくない過去として自分の胸の中だけにしまっておくかもしれません。

誰かに伝えるとしたら、あくまでも息子の口からになると思います。




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復学支援機関探し~エンカレッジに出会うまで~

なぜ、復学支援をお願いしようと思ったか。。。


子どもの性格が変わらない限り、せっかく登校できても長続きはしない。
また同じことを繰りかえさないために、親は対応を学ばなければならない。

そうしなければならないことだけは、わかっていました。
家庭で実践していたつもりです。

一時の息子の暴力も無くなってきて、「死にたい」などとも言わなくなってきて、
落ち着いてきたように見えていました。

でも、だからといって、学校へ行くと言うわけでもありません。

たとえ、子どもの性格が変わったとしても、自分で学校へ一歩踏み出せるのだろうか。

どこかで勇気を出さなければもう学校へ向かえないのでは?
その勇気ってどこで出せるのだろう。

なにか行動をおこしたい。
外に出れない息子には、訪問カウンセラーに来ていただくしかないのではないか。

もう、その思いに捉われてしまったら、そこから動けなくなりました。


最初にこのやり方を試してみたいと思ったのが、母親の法律を掲げている、ある会でした。
親が変わって子どもを変えるという考えも、最初はそこで知りました。

メールで連絡してみたのですが、断られました。
「わたしたちは、指導機関ではないのです。本で書いてある手法を使っている指導機関で
お手伝いしています。そこでも、もう、5年生は性格を変える時間がないので、指導はストップ
しています。いずれにせよお手伝いはできません。」 簡単に言うとこのような内容でした。
そのメールが届くまで1週間。その返事を見て、その後、1週間、落ち込みました。

う~ん。未だに文章の意味が理解できないんです。
そこが指導機関ではない!?
私はどこにメールしたのでしょうか?何故、そのメルアドが連絡先になっていたのでしょうか?
HPでは、6年生でも支援を受けている子がいたので、5年生で中止という意味もわからない。
確かに本には5年生の2学期からは難しい・・・とは書いてありましたが。
まあ、いいですけど。

でも、その後、エンカレッジのHPを見つけたとき、その会の手法と似ている。
ここでもやっている! と、とても嬉しかったことを覚えています。

そして、その手法を取り入れているところが関東圏でもあるのではないかと。
私、関東ですから・・・でも、私が探した限り、無かったですね。
学校に行けない子のために、他の道を提供しているものばかり。
フリースクール。合宿。etc
学校に戻りたいという子のための、トータルサポートが見当たらない。
そうお望みのお子さんや親御さんがたくさんいるでしょうに・・・それがとても残念なことです。


まあ、どうにか、これはというところを見つけます。

都内にある、訪問カウンセリングを中心に行っているところです。それも24時間体制。
カウンセリングの予約をいれて向かいました。

息子の今の状態を伝えたのですが、最初の第一声は、
「今は不登校当初より、状態は悪くなっていて、ひきこもりの道に向かっている。」
「は???」でした。
落ち着いてきていたし、よくなっていると思い込んでいたもんですから。
今は、その意味がわかりますけれど。。。不登校が安定期に入ってしまっていました。

そこの手法は、性格矯正。
訪問カウンセラーと心理士の3人体制で、3ヶ月かけて性格矯正するというもの。
うちの息子の場合は、月に20日ぐらい入るのが望ましいと言われました。
登校にあたっては、訪問カウンセラーが学校へ出向き、登校の準備をしてくれる。
性格矯正すれば、登校後、継続登校も大丈夫でしょうと。
1ヶ月後のアフターフォローもあり。

う~ん。ちょっと揺れました。主人に相談してみると言って帰ってきました。

そこにお願いしようかどうしようか、それを決める前にエンカレッジに電話をして、
一度、お話を聞いてみようかな。

そう思っていた時に最後の教育委員会のカウンセリング(8月13日の記事)もあり
迷いも消え、電話を入れることに・・・


エンカレッジに辿りついたのも、最初、断られてしまった会があってのことです。
エンカレッジに目が留まったのもそうですし・・・今ではその会に感謝しています。

何事も無意味なんてことはないのですよね。

そこからすべてが繋がっています。

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プロフィール

ティカ

Author:ティカ
小学5年生の時、不登校だった息子を学校に戻していただきました。復学しただけで不登校が解決するわけではありません。継続登校中の息子を支えるために親としての勉強を続けています。

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